アンブッシュマーケティング

 「アンブッシュマーケティング」という言葉をご存じでしょうか。
 明確な定義は定まっていませんが、概要、オリンピックやワールドカップなど著名なイベントにおいて、権原なく、当該イベントに関連しているかのようにみせかけるなどして、当該イベントの持つ顧客誘引力等に便乗する宣伝広告活動をいいます。
 アンブッシュ(ambush)とは「待ち伏せ攻撃」という意味の英単語です。

 2010年6月14日、南アフリカワールドカップのオランダ対デンマークの試合で、オランダ人女性サポーター2名が、広告料を支払わずビール会社の違法な便乗宣伝を行ったとして逮捕されたという事件がありました。同ワールドカップにおけるビールの公式スポンサーはバドワイザーでしたが、逮捕された女性サポーターを含む36名がオランダのビール会社ババリアのドレスを着て観戦していたようで、逮捕された女性2名には、このババリアの広告宣伝を先導したとの疑いがかけられたようです。(なお、この件は後にFIFAとババリアの間で和解が成立したようです。)

 南アフリカは、ワールドカップを招致するにあたり、2000年にアンブッシュマーケティングを規制する法律を整備していました。上記の逮捕は、このとき定められたアンブッシュマーケティングを規制する法律に基づくものでした。

 そもそも、オリンピックやワールドカップなどの主要大会の誘致に際して、IOCやFIFAは、開催候補国に対し、アンブッシュマーケティング規制に関する法整備を求めます。前述のとおり、南アフリカは開催地決定の4年前に法を整備しました。

 2020年には日本で東京オリンピックが開催されます。
 では、現在の日本において、アンブッシュマーケティングのような便乗宣伝を規制する法律は存在するのでしょうか。

 結論を言えば、残念ながら現行の日本の法律では、完全な規制は不可能と考えられます。
 
 たとえば、オリンピックロゴを許可なく使用する場合などは、商標法や不正競争防止法などで十分対処することができるでしょう。
 しかし、先のオランダ人サポーターのような宣伝方法に対しては、商標や商品等表示を使用しているわけでもなければ品質等を偽るといった誤認惹起行為を行っているわけでもないため、知的財産法での規制は難しいと考えられます。

 屋外広告物法や東京都屋外広告物条例などもありますが、サポーターの着衣が「屋外広告物」(常時又は一定の期間継続して屋外で公衆に表示されるものであつて、看板、立看板、はり紙及びはり札並びに広告塔、広告板、建物その他の工作物等に掲出され、又は表示されたもの並びにこれらに類するもの)に該当するのか、罪刑法定主義の観点からはやや疑問が残ります。(屋外広告物法も東京都屋外広告物条例も、そもそもがこのような事態を想定して制定されたものではありません。)

 東京オリンピックにおいて、実際にアンブッシュマーケティングが行われた場合、これにどう対処していくのか。公式スポンサーでなくとも、非常に興味深いところです。

                                                        弁護士 白井一成

2017/05/19| コラム