改正民法1 -消滅時効-

 2020年4月1日より、改正民法が施行されました。
 重要なポイントは多々ありますが、本コラムでも「改正民法シリーズ」として、根本的に大きく変わった箇所を中心に少しずつ取り上げていきたいと思います。
 第1回目は、社会的に最も大きな影響を及ぼす改正点であろう「消滅時効」についてです。


1.消滅時効の期間

 多くの人が「10年たてば時効で消える」とか「時効は10年」という言葉を聞いたことがあると思いますが、今回の改正で、この言葉は「5年たてば時効で消える」「時効は5年」に代わることになるでしょう。
 これまでの一般的な債権の消滅時効は「権利を行使することができる時」から「10年」とされており、会社や商人による取引(商事取引)によって生じた債権の場合は、この10年が「5年」(商事消滅時効)とされ、また特定の債権についてはさらに短い期間が設定(短期消滅時効)されていました。

 しかし今回の改正で、従来どおりの「権利を行使することができる時」から「10年」での権利消滅に加えて、「権利を行使することができることを知った時」から「5年」での権利消滅も規定されることになり、商事消滅時効及び短期消滅時効の規定がなくなりました。
 特殊なケースで取得した債権でない限り、ほとんどの債権者にとっては「権利を行使することができることを知った時」と「権利を行使することができる時」は同じですから、消滅時効の期間が原則として5年になった、といっても過言ではありません。
 2020年4月1日以降に生じる債権については、「時効は10年」と思って5年以上権利行使を怠っていると、いざというとき時効で権利が消滅していた、という事態になりかねませんので、十分な注意が必要です。

 なお、これまで不法行為による損害賠償請求権の消滅時効期間は一律「3年」とされてきましたが、今回の改正により、「人の生命又は身体を害する不法行為による損害賠償請求権」については、消滅時効期間が「5年」となりました。
 これにより、たとえば不貞行為(不倫)による慰謝料請求権は3年で時効消滅するのに対し、交通事故(人身事故)による慰謝料請求権は5年間消滅しないなど、同じ慰謝料請求権でも時効期間に違いが生じるようになりましたので、注意が必要です。

 また、民法改正というテーマからは外れますが、社会的に大きな影響を与える時効期間の変化というテーマでいうと、2020年4月1日から、労働契約における賃金請求権の消滅時効期間が「2年」から「3年」に変わりました。
 これまでの未払賃金請求(要するに残業代請求)事件で請求できる賃金(残業代)は過去2年分だけだったのですが、今後、過去3年分の請求が可能になります。

 なお、年次有給休暇の消滅時効は「2年」のまま据え置かれていますので、「年間有休日数20日×消滅時効5年=100日有休」は実現しませんでした。


2.時効の「更新」と「完成猶予」

 これまでの民法では、時効は、「請求」、「差押え、仮差押え又は仮処分」又は「承認」によって「中断する」と規定されており、法律に触れたことのない人からみれば、何のことかさっぱりわからないような規定ぶりでした。
 これら、いわゆる「時効中断事由」と呼ばれていたものを、新民法では新たに整理し直し、「中断」という効果も、「更新」と「完成猶予」に分けて規定しています。「完成猶予」とは、読んで字のごとく、その間は時効が完成(成立)しないという意味であり、「更新」とは、その時点から新しく時効期間がスタートするという意味です。

 新民法では、時効の「更新」事由は以下のとおりと規定されています。
  ①裁判上の請求
  ②支払督促
  ③調停
  ④破産手続参加、再生手続参加、更生手続参加
  ⑤強制執行
  ⑥担保権の実行
  ⑦形式競売
  ⑧財産開示手続
  ⑨承認

 これまで時効中断事由とされてきた仮差押え及び仮処分は、「完成猶予」の効果にとどまることになります。

 「完成猶予」の効果を持つものとして、ほかに「催告」「協議を行う旨の合意」が規定されています。
 後者は、新民法で新たに創設された完成猶予事由であり、「権利についての協議を行う旨の合意が書面でされたとき」は、合意の時から一定の期間、時効が完成(成立)しない、というものです。
 これまで弁護士同士の交渉の場面などにおいて稀に利用されていたものが明文化されたもので、一般の紛争当事者がこれを積極的に利用する場面はそう多くないと思います。しかし、上記「書面」には電子メールなども含みますので、完成猶予事由と知らないままに、相手とのメールでのやりとりの中でこの合意を成立させてしまっていてる、という事態は十分起こりうることですので、早く消滅時効を完成させたいと考えている債務者側は特に注意が必要です。

                                                        弁護士 白井一成

2020/04/01| コラム