新型コロナ対策としての在宅勤務(リモートワーク・テレワーク)や休業命令に関する労務管理上の注意点

 新型コロナウイルスの感染拡大防止から、当事務所が所在する大阪では、目下、緊急事態宣言の適用を受け、様々な施設が営業自粛等を強いられています。
 今回は、会社(使用者)における新型コロナ等の疾病対策としての、従業員への在宅勤務及び休業命令に関する注意点について少しご説明します。

1.大前提 安全配慮義務

 会社は従業員に対して安全配慮義務を負っています。
 安全配慮義務とは読んで字のごとく、安全に配慮する義務です。この場合の従業員とは、正社員、アルバイト、パート、派遣などの職種を問わず、会社と契約を締結して労務を提供している者全てを含みます。
 たとえば、会社が、新型コロナウイルスの感染者であると判明している者を出勤させ、そのため周囲の従業員に感染が広がってしまった場合、会社はこれによって感染した従業員に対する安全配慮義務違反となります。
 また法的責任のみならず、社会的責任も追及され、多大な影響をもたらすことは明らかです。
 会社には、すくなくとも自己の支配が及ぶ範囲においては、感染拡大防止に向けた対策を行う義務があります。

2.対策その1 在宅勤務(リモートワーク、テレワーク)

 従業員を出勤させず、自宅やその他の施設において就業させ、物理的に隔離することで従業員間の感染拡大を防止するという方法があります。
 これは、就業場所を会社事務所ではなく自宅やその他の施設に変更するだけですから、当然、従業員は就労の義務を負い、会社は賃金の全額を支払う義務があります。
 従業員は、所定労働時間中は(休憩時間を除いて)自由に行動することが許されませんし、会社からの指示連絡等には直ちに応答しなければなりません。
 会社としては、従業員の就業場所を自宅等にしたとしても労務管理義務を免れるわけではありませんので、たとえば従業員に始業時と終業時にメールを送信させるなどの方法により、通常の勤務時と同様、従業員の就業時間(残業時間)を客観的な方法で管理する必要があります

3.対策その2 休業命令(就労拒否)

 感染が判明している又はその疑いがある従業員について、そもそも就業させず、休業を命じることで、当該従業員本人の安全に配慮するとともに従業員間の感染拡大を防止するという方法もあります。
 休業命令は、ケースによっては少し難しい問題が生じます。

(1)信頼できる検査により従業員の感染が判明した場合

 この場合、会社は、安全配慮義務に基づき、当該従業員の就労を拒否し、休業を命じる必要があります。
 ではこの場合、従業員が仕事をしていない期間の賃金はどうなるでしょうか。   
 不就労(仕事をしていないこと)の場合の賃金について、法律は、大きく以下のとおり定めています。
    ①労働者(従業員)の責に帰すべき事由による不就労
      賃金支払いの必要なし
    ②使用者(会社)の責に帰すべき事由による不就労
      休業手当の支払いが必要=60%以上の賃金支払いが必要
    ③どちらの責に帰すべきでもない事由による不就労
      賃金支払いの必要なし
 上記のうち、①は当然のことであり、②は労働者の生活保障という趣旨から設けられた休業手当という制度であり(労基法26条)、③は、賃金は労務提供の対価であるという性質から、労務提供がない以上賃金支払いの必要なしという、いわゆるノーワークノーペイの原則に則ったものです。
 従業員の感染が確定している場合、どちらの責任でもなく従業員は就業できない状態にあるわけですから、この場合の賃金は、上記③の場合に該当し、会社は賃金を支払う必要はないと考えられます。
 (※もちろんその期間、従業員は有給休暇を利用することができますし、有給休暇を利用した場合、会社は賃金全額を支払う必要があります。以下同じ。)

(2)従業員の感染が疑われる場合

 ア.政府等が定める基準に該当する場合

  この場合は、(1)に準じて、会社は就労を拒否し、休業を命じる必要があると考えられます。
  ただ、このときの賃金支払いの必要性は、難しい問題です。
  私個人としては、上記の③の場合に該当し、賃金支払いの必要はないものと考えます。
  政府等が定めた基準に客観的に該当する以上、感染の疑いが相当程度認められるところ、安全配慮義務の観点から、会社としてそのような従業員に就業を命じるわけにはいきません。そのような場合の就労拒否を、上記②の「使用者の責めに帰すべき事由による休業」と評価することは困難であると考えられるからです。
  とはいえ②の労基法26条は労働者の生活保障という趣旨の規定ですから、その観点から休業手当の支払を命じる判決等が出ないとも限りません。この点は人によって結論が変わり得る範囲であり、裁判官によっても評価が変わり得るところだと思います。

 イ.政府等が定める基準に該当しない、自己判断である場合

  この場合、会社としては、就労を拒否して休業を命じる必要があるとまではいえません。
  ただ、「倦怠感」や「息苦しさ」などの感じ方は人それぞれであり程度問題ですから、相応の外部症状(発熱など)が認められる場合であれば、休業を命じた方が無難であるといえます。
  仮に会社が休業を命じた場合の賃金支払いは、もちろん個別の事情にもよりますが、上記②の場合に該当し、休業手当を支払わなければならないケースが多いと考えられます。

(3)従業員の同居家族の感染

 ア.信頼できる検査により従業員の同居家族の感染が判明した場合

  従業員本人に感染を疑わせる症状がない以上、休業を命じる必要はないように思えますが、新型コロナウイルスに限って言えば、その感染力が非常に強いことや無症状感染者が相応に存在することは顕著な事実として明らかですから、当該従業員も感染している可能性は非常に高いものと考えられます。
  そのため、すくなくとも従業員本人の感染が否定されるまでは、他の従業員への感染拡大防止という観点から、(2)アの場合に準じて考えるべきだと思います。

 イ.従業員の同居家族の感染が疑われる場合

  この場合、会社として従業員に休業を命じなければならないとまではいえませんから、(2)イと同様の考え方が妥当すると思います。

4.各対策における根拠規定の要否

(1)在宅勤務

 在宅勤務については、労働契約や就業規則等において就業場所が特定されていなかったり、あるいは特定されていても就業場所を変更する権限が使用者(会社)に留保されている場合(多くの場合、転勤命令の形で規定されていると思います。)は、会社から一方的に命じることが可能です。
 仮に労働契約や就業規則等において就業場所が特定されており、かつ、使用者に変更権を留保する規定等が存在しない場合(すなわち就業場所が限定されている場合)、原則として使用者が一方的に労働者(従業員)の就業場所を変更することはできません。
 しかし、自宅を就業場所とする場合に限って言えば、そもそも通勤の必要がなくなるという労働者の義務を免除する効果を有するものですから、労働者の不利益にならない限り、労働契約や就業規則等に特段の規定がなくとも、業務命令としてなし得るものと考えられます。

(2)休業命令

 休業命令(就労拒否)は、労働契約や就業規則等に特段の規定がなくとも業務命令としてなし得るものと一般に考えられており、同旨の裁判例もあります。

 (3)休業手当の支払

 休業手当は労基法26条より生じる権利であるため、労働契約や就業規則等に特段の規定がなくとも労働者に当然に認められる権利です。
 なお、労基法には「平均賃金の百分の六十以上の手当」と定められているため、労働者が賃金の60%を超える金額を請求する場合は、その根拠となる特段の規定等が必要です。使用者側から賃金の60%を超える金額を支給するについては専ら労働者にとって有利なものですから、特段の規定等がなくても問題ありません。

5.会社における労務管理上の注意点

 会社としては、従業員に対し、本人及び同居家族に一定の症状が出た場合は直ちに会社へ報告するよう義務付け、報告窓口を設置し、情報を集約することが大切です。報告基準とすべき「一定の症状」は、政府が定める受診等の目安の基準よりやや緩やかなものが良いと思います。
 そして報告があった従業員の動向をフォローし、症状や感染の疑いの程度によって休業を命じるか否かを判断するべきです。

                                                        弁護士 白井一成

2020/04/16| コラム