週の労働時間は44時間!?

 労働時間は1日8時間、週40時間を超えてはならない、と思っていませんか。
 変形労働時間制など特殊な時間制度を採用しない限り、基本的にはそのとおりです。
 しかし、そんな小難しい制度を採用しなくても、1週間の労働時間の上限が44時間となる場合があります。
 いわゆる特例措置事業と呼ばれるもので、労働法の教科書などにも必ず記載されているのですが、さらりと触れられる程度です。そのため、実務上とても重要なのに、弁護士でも労働法を専門にやっていない人は、意外とこの規定の存在を知りません。
 では、どのようなものか、見てみましょう。
 まず、基本となる規定です。

   ●労働基準法32条第1項(労働時間)
     使用者は、労働者に、休憩時間を除き1週間について40時間を超えて、労働させてはならない。

 条文までは知らずとも、内容についてはほとんどの人が知っていると思います。
 これに対し、労働基準法では、以下のような特例規定が存在します。

   ●労働基準法第40条第1項(労働時間及び休憩の特例)
     (前半省略)第32条から第32条の5までの労働時間及び第34条の休憩に関する規定について、
     厚生労働省令で別段の定めをすることができる。

 これを受けて定められた「別段の定め」が以下の規定です。

   ●労働基準法施行規則第25条の2第1項(労働時間の特例)
     使用者は、法別表第1第8号、第10号(映画の製作の事業を除く。)、第13号及び第14号に掲げる事業のうち
     常時10人未満の労働者を使用するもの
については、法第32条の規定にかかわらず、1週間について44時間
     1日について8時間まで労働させることができる。

 つまり、①特定の事業のうち②常時10人未満の労働者を使用するもの、については、1週間の労働時間の上限が44時間となります。条件を満たせば当然に44時間となるのであり、役所への届出など特殊な手続きは必要ありません。
 条件を満たしているにもかかわらず、知らずに1週間の労働時間を上限40時間として残業代を計算してしまうと、1週間あたり、4時間分の時給×1.25倍の金額を余分に支払ってしまうことになりかねません。
 そのような事態に陥らないためにも、特例措置事業について理解しておく必要があります。

 条件の1つ目である、①特定の事業とは、以下のものをいいます。
   1.物品の販売、配給、保管若しくは賃貸又は理容の事業
   2.映画の製作又は映写、演劇その他興行の事業(映画の製作を除く。)
   3.病者又は虚弱者の治療、看護その他保健衛生の事業
   4.旅館、料理店、飲食店、接客業又は娯楽場の事業
 卸売や小売、理容室や美容室、倉庫などから病院、診療所、保育園、旅館、飲食店、遊園地まで含まれます。物品販売や接客業を包含しているので、対象となる事業が意外と広いのです。

 条件の2つ目である、②常時10人未満の労働者とは、臨時ではなく継続的に雇用する労働者が9名以下という意味です。
 この労働者の数について、事業全体で数えるのか、事業場(つまり場所)単位で数えるのか、法文上は明らかではありません(労基法9条は「事業又は事務所」をまとめて「事業」としています。)。この点、労働基準監督署によっては事業場単位で数えているところがあるようですし、同じ趣旨で事実認定を行った裁判例もあります(大阪地方裁判所平成 8年10月 2日判決 判タ937号153頁)。しかし、労基法は「事業」という文言と「事業場」という文言を明確に区別して用いていること(労基法38条1項など参照)、労基法施行規則25条の2第1項の文言が「…に掲げる事業のうち常時10人未満の労働者を使用するもの」となっていることから、事業場単位ではなく、事業全体で数えるのが労基法の趣旨ではないかと考えられます。
   ※ 試しにインターネットで「特例措置事業」と打ち込んで検索してみてください。「特例措置事業」としているサイトと
    「特例措置事業」で止まっているサイトの2種類あるのがわかると思います。細かいポイントですが、それぞれのスタンスの
    違いがよくわかります。
     ただ、繰り返しになりますが、法文上は「事業場」となっておらず、「事業」としか書いてありません。

 くれぐれもご注意いただきたいのは、特例措置事業はあくまでも労働基準法上の規定であり、就業規則や労働契約の内容に劣後するという点です。つまり、上記条件を満たしていても、すでに就業規則や労働契約などで労働時間の上限を週40時間と定めてしまっているところは、就業規則や労働契約の内容が優先されてしまいますので、ご注意ください。(但し、就業規則などで定めた時間は「所定労働時間」といい、労働基準法で定められた「法定労働時間」とは異なる概念です。そのため、労働契約や就業規則の記載の仕方次第では、残業代計算の際、上記特例の適用の余地が残されているかもしれません。詳しくは専門家にご相談ください。)
 新たに事業を立ち上げ、これから人を雇う、或いはこれから就業規則を作る、という方は、このような特例措置があることを理解したうえで、制度設計されてはいかがでしょうか。

                                                        弁護士 白井一成

2017/04/18| コラム